供物(くもつ)の味
May 7, 2026
赤い毛の、一匹の狐がいた。かつて、誰かに捨てられたことがあった。
そのことがあってから、彼女は慎重な狐になった。食べ物を運んでくる人間がいても、その相手がじゅうぶん離れてから、ようやく近づいた。差し出されたものは自分の場所に持ち帰って、そこで口にした。何ヶ月ものあいだ、どんな人の手も自分に触れさせなかった。
賢いのに、少しお人好しで——誰かが愛情を込めて、そう呼んでいた。人間の仕組みを覚えるくらいには賢くて、そのうちのひとりを本当に信じてしまうくらいには——お人好しだったのかもしれない。
その一人が、毎日食べ物を運んできた。魚だった。彼は家でそれを丁寧にさばいて、生のまま、彼女の口に合う大きさの切り身にした。火を通すという発想は、彼のなかにはなかったらしい。野生の生きものは生のものを食べる。それが彼の信じていた自然で、彼女にとって一番よいものだった。
魚に添えて、ときどき内臓を持ってきた。肝臓、心臓、そういうもの。血がまだ濡れているまま、よく拭きもされずに運ばれてきた。彼女はそちらのほうをいちばん喜んだ、と誰かが書いていた。魚はそれほど好きではなかったらしい。内臓に夢中になって、魚のほうは、つき合う程度に、少しだけ口にした。
それでも、食べた。好きでないほうも食べた。信じていたから。
信じるのに、何ヶ月もかかった。最初のころは、食べ物が置かれたあと、相手が十分に遠ざかってからでないと近づかなかった。やがて、相手の姿を見つけた時点で、出てくるようになった。食べ物を持っている手のすぐ近くまで、来るようになった。ある日、声を立てはじめた。笑っているような声だ、と書いた人が何人もいた。
あの子は人なつっこいですね、と書きこんだ人がいた。自分にだけだよ、と彼は返した。
短い返事だった。そのなかに、彼がどれほど誇らしかったかが、にじんでいた。何ヶ月もかけて、やっと手に入れた、彼女の選択的な信頼。世界じゅうのどの人間でもなく、彼を選んだ。ほかの誰の指先にも触れさせなかった頭のてっぺんに、彼の手だけが、届くことを許された。
そのころから、彼の動画のなかの彼女は、いつも笑っていた。口を開けて歯をのぞかせ、目を細めている。乾いた草や泥のうえに腹ばいで寝そべって、大きなふさふさの尻尾を、飼い犬のように、うれしそうに左右にふっている。彼が近づいてくると、尻尾のふり方はさらに大きくなる。
身体を起こすと、赤い毛並みが、枯れ草のいろのなかから、あざやかに立ちあがる。耳の先は黒く染まっていて、細い四肢がそれを軽々と支えている。
お腹が空いているときは、停まった彼の車のうえに、ひょいと跳びのる。そこに置かれた食べ物をその場で口にして、食べ終わると、また、ひょいと地面に跳びおりる。満腹になったあとは、遊ぶ。顔見知りの人たちと、野原で追いかけっこをする。つかれると、積まれた干し草のうえに腹ばいになって、前脚をうんと伸ばし、背をそらせ、日なたに身体を預ける。泥のうえに転げて、柔らかい腹を、空に向ける。
一度だけ、犬たちと転がって遊んでいる姿が映った動画もあった。草のうえを追いかけあい、土煙をあげて転げ、立ちあがって、また走る。走るたびに、赤い毛並みが、枯れ野のいろのなかで、跳ねる一点の炎のように揺れた。そのときの彼女は、慎重さをすっかり忘れているように見えた。
彼が車で帰ろうとするとき、彼女はときどき、ちょこちょこと、少しのあいだ、そのあとを追っていった。道の分かれ目まで来ると、立ちどまる。そのまま動かずに、彼の車が見えなくなるまで、そこに立ちつづけていた。
こうした彼女のすがたを、彼のカメラは繰り返し撮っていた。ある回の動画には、こんなタイトルがついていた。
「私の幸せは、あの子の頭も心も幸せでいっぱいなのを、見ていることだ」
こうして笑っているいまの姿の前には、別の姿があった。道ばたで彼に拾われたとき、彼女はひどく痩せて、汚れていた。それが、毎日の生魚と内臓で、少しずつ肥え、毛並みは、油を塗ったように光るようになっていた。気がつけば、彼の野原に、見たこともないような美しい狐が住んでいた。
彼女が美しくなっていくにつれて、男の寵愛は、ますます深くなっていった。はじめのうち、彼女は何度も逃げた。野に帰ろうとしたのだろう。男はそのたびに彼女を見つけて連れもどした。
やがて彼女の首には、位置を知らせる小さな発信器が取り付けられた。村にはかつて、鶏を襲った狐が毒殺された先例があった。男は彼女のために、村から離れた廃工場の跡を、新しい遊び場として用意した。安全な場所だった。彼の目の届く範囲のなかでは。
彼は彼女のことを、ふだん「小狐仙」と呼んでいた。気ままで幸せな、小さな狐の仙人——くらいの、くだけた呼び方だった。ただ、彼の暮らす中国北方では、狐は古くから「地仙の首」として祀られてきた。くだけた言葉のなかにも、その土地の長い記憶が、どこかに染みていた。動画のタイトルに、ある日は『狐仙』と、別の日は『妲己』と、書いた手だった。
その同じ動画のコメント欄に目を落とすと、別の温度の声も混じっていた。中年の男たちが集まって、ちょっとした娯楽を分けあう場のようでもあった。いつか娘の姿に化けて、夜に家を訪ねてくるかもしれませんね、と。なかには、もっと露骨な書きこみもあった——黒いストッキングを一枚だけまとった裸の姿で、彼のベッドに忍んでくる、と。
別のタイトルでは、彼自身がこう記していた——『笑って、甘えて、あざといしぐさひとつ、私の妲己が出てくれば、三秒と持たない』。紂王のように、温柔郷に酔っている、とも続けていた。彼は本職は農夫だったが、田畑よりも、この狐の野原のほうで、長い時間を過ごしていた。あの人はもう狐に魂を取られてしまったようだね、と呟く人もいた。
毛皮のために飼っているんじゃないのか、と冗談のように訊いた人もいて、そのときの彼の返事は即座だった。「不可能」。三文字だった。「いいえ」でも「そんなことはしません」でもなく、前提そのものを押し返す言葉。彼女は取り引きの対象ではなかった——そのことは、彼のなかで本当だったのだろう。同時に、夜に訪れる女の幻想にも、下着姿の妄想にも、「いいね」の印を押してきた手があった。どちらも、彼の手だった。
その手が、冗談に「いいね」をつけているあいだに、男は別の狐を、養殖場から連れてきていた。彼女の子どもの父親になる狐だった。娘のようにかわいがり、恋人のように呼び、家を守る神のように祀りながら、彼は彼女の身体に、次の役目も与えようとしていた。子をたくさん持つことが祝福だとされる土地では、それもまた、自然なことに見えたのかもしれない。
やがて、彼女のおなかは、少しずつ、ふくらみはじめた。最初に気づいた人は、ひとりかふたりだった。腹ばいに寝そべっている彼女の、お腹のあたりがなんとなくふっくらしてきたような気がする、と書きこんだ人がいた。あとになって、妊娠していた、と知らされた。おめでとうございます、赤ちゃんが無事に生まれますように、と、コメント欄にはしばらく祝福のことばが並んだ。きっと母親似の、笑う子どもたちが生まれますよ、と書く人もいた。もうすぐ家族が増えますね、と。
そのうちに、催促するような声も混じりはじめた。いつ生まれるんですか、子狐たちの姿、早く見たいですね、と。
彼女のほうは、あいかわらずだった。刈り入れの終わった畑のうえで、寝そべって毛をぶるぶると震わせた。雪が降れば、雪のなかではしゃぎ回った。カメラに向かって、毎回、甘い、明るい声を立てた。見ているかぎりでは、彼女は無邪気だった——まだ、何も知らないように。
彼のほうも、あいかわらずだった。毎日、生の魚を切り分けて、運んだ。彼女が好きな血の湿った内臓も、忘れずに、毎回、添えていた。
そのころから、彼女には、ひとつの新しい癖ができた。畑の脇に転がっているプラスチックの、細長い筒のなかに、頭や体を、埋めるように入っていくようになった。何度も、何度も、その狭いところに身を潜めた。遊んでいるのかと思っていた人もいた。病気かもしれない、と書きこんだ人もいた。いえ、出産が近いんでしょう、妊娠の反応が出ているだけですよ、と別の人が返した。
日々は、それでも、穏やかに過ぎていった。そのまま続きそうな穏やかさだった。画面だけを見ていると、その穏やかさに、終わりが近づいているようには見えなかった。
画面のなかでは、その後も、同じ日々がつづいているように見えた。走ってきて出迎える彼女。手を許している彼女。笑っている彼女。コメント欄には、初めて彼女を見る人の言葉が、毎日すこしずつ増えていた。かわいいですね、優しい飼い主ですね、と新しい人たちは書き残していく。彼らの画面には、走ってくる彼女と、笑っている彼女だけが並んでいた。
狭い管のなかに頭を埋めていく彼女の姿も、新しい投稿のなかで何度も使われていた。以前は「病気かもしれない」と心配された、あの姿だった。タイトルには、相変わらず「あざとい妲己」と書かれていた。そのうちの一本に、こんな場面があった。彼女は管のなかにいた。カメラに気づくと、こちらに向かって何歩か歩いてきた。鼻先をレンズに寄せ、そこで数秒、止まっていた。
それは甘えるしぐさにも見えたかもしれない。呼びかけに応じて、また人のほうへ戻ってきたようにも見えたかもしれない。けれど次の瞬間、彼女はゆっくりと向きを変えて、管の奥に戻っていった。残されたのは、ふさふさの尻尾だけだった。その動画のコメント欄に、いろいろな書きこみがついた。「尻尾の毛を撫でたい」と書く人がいた。「お掃除お疲れさま」と書く人もいた。あの数秒のあいだ、彼女がこちらを見て、それから背を向けたことについて書く人は、いなかった。
そのなかに、ひとつだけ、空気を裂くような声があった。もう休ませてあげてほしい、と。どうしたのですか、と誰かが訊いた。返事は短かった。彼女はもう亡くなったのだ、と。そんなことは知らなかった、と、その人は驚いていた。自分の画面に届いていたのは、ずっと、笑っている彼女だった。かわいく甘えている彼女だった。生きているように見える彼女だった。彼は、彼女がもういないことを告げる声には反応しなかった。彼女はどうしたのか、なぜ笑っている動画ばかりが流れてくるのか、と訊く声には、「いいね」の印をつけた。
彼女は、あまりにも早く死んだ。まとまった知らせは、一度もなかった。古い動画のコメント欄の隅に、短い返事だけが残っていた。朝にはまだ、内臓をくわえて、彼に尻尾を振っていた。午後にはもう、枯れ草の上に倒れていた。急性脳炎。半日もたたなかった。医者は、生肉のなかにいたものかもしれない、と言った。妊娠が、彼女の身体の守りを、ほとんど使い果たしていた。
彼の投稿した動画のなかに、彼の顔は出てこない。カメラの前には、いつも彼女がいた。残っているのは、声の端と、近づいてくる足音と、ときどき画面の端から入ってくる手だけだった。その手が出てくると、彼女は近づいた。魚が置かれ、内臓が置かれ、彼女だけが触れさせた場所が撫でられた。画面の外にいる人は、見えないまま、彼女の一日の形を少しずつ決めていた。
同じ手が、夜に来る娘の幻想にも、半裸の姿の幻想にも、「いいね」の印を押していた。愛し、食べさせ、撫で、守ろうとした手が、彼女を人の娘の姿に変える冗談にも触れていた。そのいやらしさは、乱暴なものではなかった。むしろ、やさしい声や餌の匂いのすぐそばにあった。
一度だけ、その手が、彼女を本当に抱きあげたことがあったのだろうか、と思う。頭を撫でるくらいのことなら、動画にも残っている。けれど、腕で受けるようにして、体ごと抱いたのは、あの朝が初めてだったのではないか。あんなに軽やかに、枯れ野のうえを火のように跳ねていた身体が、その腕のなかで、冷えた肉の重さになっていたのだろうか。ここから先は、想像でしかない。証拠はない。ただ、撮られなかった午後のどこかで、彼女の小さな身体は、静かに冷えていった。
けれど、画面のほうは動きつづけている。古い動画の下には、新しい名前のコメントが増える。画面のなかでは、彼女はまだ走っている。まだ笑っている。口のまわりを血で汚しながら、内臓を食べている。撮った本人の画面にも、毎日、彼女が戻ってくる。その画面の前で何が起きているのかは、わからない。ただ、そこから降りる方法は、もうなかった。
*
そのあとになっても、いくつかのことだけが残った。その土地には、地仙という言葉があった。地上に住むとされる仙人。狐はそのなかでも筆頭にあげられる存在で、人の家や土地にやってくれば、その家の、その土地の守り神になる、と信じられてきた。彼が住んでいたのも、そういう記憶が残る地方のひとつだった。
初めのころの動画のタイトルに書かれていた名前は、『狐宝(フーパオ)』——狐であり、宝でもある、という意味だった。妊娠してから、タイトルに使われる呼び方は『妲己』に変わっていった。視聴者の数は、そのころから、急に増えていた。
彼のアカウントには、彼女の動画と並んで、地方の名産を売るページもあった。米。きのこ。その土地のものが、いくつか並んでいた。以前、もう一匹、別の狐もいた。ある日、野へ去った。戻らなかった。そして、次の狐が、もうあの野原に来ているのかもしれない。
古い神が消えても、新しい神は、絶えず造られていく。きっとまた、名前がつけられ、動画が撮られ、コメント欄に笑い声が集まる。地仙は、絶えない。差し出す手も、見上げる目も、次の動画を開く指も、すぐに次の名前を覚える。歯車は、そうやって止まらない。